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神戸地方裁判所 昭和32年(行)2号 判決 1964年1月20日

兵庫県三原郡南淡町賀集七六三

原告

佐藤与市

右訴訟代理人弁護士

井藤誉志雄

県洲本市

被告

洲本税務署長

右指定代理人

山田二郎

宗像豊平

市川増雄

原矢八

安田祐之

大亦増夫

下条勇

右当事者間の頭書更正決定取消請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告が昭和三〇年五月二五日付でした原告の昭和二九年度分所得税に関する更正決定(大阪国税局長が昭和三三年六月三〇日付でした審査決定による一部取消後のもの)のうち所得金額二六九、〇九一円を超過する部分

被告が昭和三一年六月三〇日付でした原告の昭和三〇年度分所得税に関する更正決定のうち所得金額三七二、三七九円を超過する部分をいずれも取消す。

右各更正決定の取消を求める原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分しその一を原告のその一を被告の各負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)、被告が昭和三〇年五月二五日付でした原告の昭和二九年度分所得税に関する更正決定(大阪国税局長が昭和三三年六月三〇日付でした審査決定による一部取消後のもの)のうち所得金額七〇、二四〇円を超過する部分

(二)、被告が昭和三一年六月三〇日付でした原告の昭和三〇年度分所得税に関する更正決定のうち所得金額が一九九、八九一円を超過する部分

はいずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三、原告の請求原因

(一)、原告は昭和二九年度、三〇年度分の所得税につき次表のとおり確定申告したところ、被告は次表のように更正し、これを原告に通知した。原告は右処分につき被告に対し、再調査の請求をしたところ、被告は次表のとおり決定して原告に通知した。原告は右処分につき大阪国税局長に対し次表のとおり審査請求したところ、大阪国税局長は、次表のように決定して、原告に通知した。

<省略>

(二)、しかしながら原告の所得金額は昭和二九年度分としては七〇、二四〇円、昭和三〇年度分としては一九九、八九一円しかなかつたのであつて、被告の右各更正処分中(昭和二九年度分については第二回目の審査決定による一部取消後のもの)右原告の各所得金額を超過する部分は原告の所得を過大に認定した違法があるから該部分の取消を求めるため本訴請求におよんだ。

四、請求原因に対する被告の答弁および所得額についての主張

(一)、原告主張の請求原因事実のうち(一)の事実はすべて認める。昭和三〇年度分に対する審査決定は原更正決定の所得税額二五、二五〇円を一部取消(医療費控除額九、五七五円増による)して二二、五〇〇円とし、加算税一、二五〇円を一部取消して、一、一〇〇円としたほか原告のその余の不服申立を棄却したものである。しかしながら(二)の事実は争う。原告の所得金額は後記のとおり昭和二九年度分としては二七六、一八〇円、昭和三〇年度分としては三七五、九八〇円であると認められるからこれを右金額の範囲内で、昭和二九年度分として二七六、〇〇〇円、昭和三〇年度分として三七三、八〇〇円であるとした本件各処分はいずれも違法ではない。

(二)、原告は農業を営むものであるが、被告の調査に際し、各係争年度分所得について必要経費に関する一部の証拠書類を除いては、農業所得の計算に必要な帳簿書類を備え付けていなかつたので被告はやむなく農業所得標準率によつて原告の農業所得(一般経費控除後、特別経費控除前のもの)を推計した。

右推計に用いた「農業所得標準率」とは大阪国税局の監督のもとに管内各税務署で、各年毎に各地域における各種の農作物についてそれぞれの収量、収入金額、必要経費等を実態調査した結果に基いて、各地域毎に各種農作物の単位面積当りの収入金額から必要経費のうち個人差の著しい雇人費、牛馬費等の特別経費以外の一般経費を控除した所得金額(特別経費控除前のもの)をあらわしたものであつて、農業が土地に産業であり、近傍類似の地域内では同種農作物の単位面積当りの収量、その販売時期、価格、および一般経費はほぼ等しいから、右農業所得標準率による原告の耕地近傍類似の地域についての標準所得を原告の場合に適用した結果は、それを原告の実所得であると考えることができるものであり、右推計方法は合理的なものである。しかも、米、麦に関しては右標準所得は旧賀集村のそれによつたが、原告の耕作地は旧賀集村の平坦部にある淡路島第一級の米作地であり、特に昭和二九年度分の米作については原告に対して旧賀集村の標準を下まわる率を適用したが、原告の耕作地のうち比較的収獲の悪い野田荒神の土地でさえ反当り二石の収獲があつて、これは昭和二九年度の標準所得の基礎となつた旧賀集村の反当り収量一石七斗九升を優に超えるものである。現に昭和三一年には原告は選定農家として在庫調査をうけたがその結果原告の収獲量は反当り二石四斗二升であつて同年度の旧賀集村の平均収獲量反当り二石三斗二升六合を超えていた。またその他の農作物については淡路島全体を一地域として調査した標準によつたのであるが、原告の耕地は農業経営には最適の立地条件にあるから、原告の耕地より悪い条件の土地を含めたうえでの標準所得を適用することは原告に有利なはずであり、特に玉ねぎについては、原告の耕地は淡路玉ねぎがの中心産地にあるのに昭和二九年度分については標準以下の額を、昭和三〇年度分には、上、中、下に分けたもののうち中(普通)標準を適用したのである。したがつて被告のとつた推計方法はその結果が原告の実所得を超えるものでないことは明らかであつて、妥当な計算方法といえる。

(三)、右推計による原告の所得金額は次のとおりである。

(1)、昭和二九年度分

(イ)、特別経費控除前の所得

<省略>

但し所得標準は原告に適用したものを示し、野菜は裏菜は裏作のみ耕作として算定する関係で反当り九、〇〇〇円を適用した。

(ロ)、特別経費

雇人費 二、五〇〇円

(ハ)、所得((イ)―(ロ))

二七六、一八〇円

(2)、昭和三〇年度分

(イ)、特別経費控除前の所得

<省略>

(ロ)、特別経費

雇人費 一五、六〇〇円

(ハ)、所得((イ)―(ロ))

三七五、九八〇円

五、被告の主張に対する原告の答弁および所得額についての主張

(一)、被告主張事実中、原告が農業を営むものであることおよび各係争年度の特別経費(雇人費)の金額は認めるがその余の主張事実は全て争う。原告は所得について記帳しているし、証拠書類も存在する。課税は単なる標準による推定ではなく、具体的な所得に基いてなされるべきであり、原告耕作地のある旧賀集村三和部落は、他部落に比して地味悪く旧賀集村一般の平均より低く査定されなければならないが、その三和部落の中でも原告の耕作地は平均以下のものが少くなく一毛耕のものもある状態で、原告の後記のとおり実所得を計算しているので被告主張の推計方法は全て争う。

(二)、原告の各係争年度における耕作地は次のとおりである。

<省略>

合計 田 八反四畝 四歩

畑 一反六畝一六歩

(三)、本件各係争年度における原告の収支明細は次のとおりである。

これは前述のとおり原告の記帳に基くものであつて被告主張の推計によるものとは異り実所得である。(なお右原告の実所得金額と原告の確定申告額との間には差異があるが、これは申告に際して原告が計算ちがいをしたことに基くものである。しかしながら本訴では確定申告額を基準にして争うことにする。)

(1)、昭和二九年度

<省略>

差引所得 六七、七八〇円

(2)  昭和三〇年度

<省略>

差引所得 一八八、九五八円

六、証拠

(一)、原告

甲第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七、第八号証を提出し、証人村上輝雄、同中田久吉、同中田平一郎、同桜木光雄の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第三号証の一、二、三、第四号証の一、二、第七号証の一、二の成立を認め、その余の乙号証は不知と述べた。

(二)、被告

乙第一、第二号証、第三号証の一、二、三、第四号証の一、二、第五号証の一ないし一五、第六号証の一、二、第七号証の一、二、第八、第九号証を提出し、証人信免、同藤原耕太、同牛尾昭、同高田富男、同坂東白源、同片山光男、同森勝の各証言を援用し、甲第六号証の成立は認めるがその余の甲号証は不知と述べた。

理由

一、原告が農業を営むもので、昭和二九年度分の所得税の総所得金額として被告に対し七〇、二四〇円と確定申告したところ、被告は昭和三〇年五月二五日これを三〇四、五〇〇円と更正して原告に通知したこと、これに対し、原告がその主張するとおり不服申立をしたところ、大阪国税局長が昭和三三年六月三〇日、右更正決定を一部取消して原告の総所得金額は二七六、〇〇〇円であると審査決定したこと、原告が昭和三〇年度分の所得税の総所得金額として被告に対し一九九、八九一円と確定申告したところ、被告は昭和三一年六月三〇日これを三三、七八〇〇円と更正して原告に通知したこと、原告はこれに対してその主張するとおり不服申立をしたところ、それぞれその主張のとおり再調査決定、審査決定(いずれも所得金額は更正と同額)のあつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告の右各更正決定(但し昭和二九年度分については審査決定による一部取消後のもの、以下同じ)が違法かどうかについて判断する。

(一)、原告は所得については実額計算によるべきことを主張する。たしかに所得税の賦課は現実の所得に対してなされるべきものではあるけれども、本件においては原告の各係争年度における収支関係全般を明らかにするに足りる資料の存在を認めるに足りる証拠がないから一部推計によつて所得を算出することはやむをえないといわなければならない。

(二)、被告は、右推計方法として、本件各係争年度における洲本税務署管内の農業所得標準による算出方法を主張するのであるが、成立に争いのない乙第七号証の一、二、証人信免、同藤原耕太、同桜木光雄の各証言によると、右所得標準は農業が土地に従属した産業であり、従つて近傍類似の地域内では、同種農作物の単位面積当りの収穫量がほぼ同一であり、また農作物の売買される時期がそう違わずその価格がほぼ一定していること、および農業経営における、必要経費は雇人費、牛馬費等の個人差の著しいもの(特別経費)を除けばほぼ一定していることなどから、大阪国税局の指示、指導のもとに洲本税務署で管内各地域の標準的な担税農家をアトランダムに抽出したうえ、各種の農作物につきそれぞれその収穫量、収入金額、必要経費を実地調査(米については担税農家二、〇〇〇戸程のうち約二〇〇戸について坪刈、粒数、在庫米調査を、玉ねぎについては約三〇戸について調査した)して、その結果をさらに各地の農業団体役員、税務協力委員などに公開してそれらの意見をとりいれ、作成したものであつてその具体的適用にあたつて相当の注意を払うなら、その適用結果が現実の所得を超えることがないと認めるに足りる合理的推計方法であると認められる。

(三)、そこで右農業所得標準率を適用する推計方法により原告の所得を算出することの妥当性について検討する。

(1)、昭和二九年度分

昭和二九年度における原告の耕作物およびその各耕作面積が被告主張(三)、(1)、(イ)の表記載のとおりであることは、雑穀の品目を除く耕作物の種類については当事者間に争いがなく、各耕作面積は成立に争いのない乙第三号証の三、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第七号証によつて認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない(乙第三号証の三の雑穀の耕作面積が三畝である旨の記載は甲第七号証の右耕作面積が五畝である旨の記載に照らして誤記と認められる)また雑穀が大豆であることは右各証拠の種子代の種目の記載が大豆であることから推認できる。(なお原告の荒神八〇番地の畑の面積が二反一八歩である旨の主張は、右甲第七号証および後記甲第八号証の記載によつて一反一八歩の誤記であると認められる。)

(イ)、米

その方式および趣旨から公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したと推定される乙第二号証によれば、原告の耕作地所在地である賀集地区に適用された昭和二九年度の農業所得標準率における米の反当り収量は一石七斗九升、一石当り単価が八、八七六円、米作に付随して米二升当り一貫のわらが得られその貫当り単価が一三円五〇銭、田のあぜに大豆が反当り六升収穫できてその一升当り単価が八〇円であること、更にこれらの収入金額中、一般経費(反当り七、一〇七円)控除後、特別経費控除前の所得の占める割合は六四%の所得率は一反当り収量二石二升の場合を基準に算定していることが認められる。そこで右各数値を基礎として反当り所得標準を計算すると、〔(8,876円×1.79+1.35円+89.5+80円×6)×0.64〕で一一、二四八円(円未満切捨)となるが、被告は原告には右所得標準以下の一一、二二〇円を適用すると主張するので、これに前記米の耕作面積八反四畝を乗ずると九四、二四八円になる。ところで証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の各証言、原告本人尋問の結果によれば原告の耕作地の収穫量は一般に賀集地区の土地の中では普通ないしはそれ以下で、中でも野田荒神の田が特に悪いことが認められる。しかしながら証人片山光男の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二および同証言によれば、昭和三一年分について原告方の在庫米調査をしたところ、反当二石四斗二升の収穫が確認されたことが認められ、右調査の対象となつた昭和三一年度の原告方の米の作付面積は右乙第六号証の二によれば八反であると認められ、本件各係争年度の作付面積と大差ないことが明らかであつて、その方式および趣旨から公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したと推定される乙第八号証によると、右昭和三一年度における賀集地区の平均反当収量は二石三斗二升六合であつて前記原告方の収量の方が賀集地区の平均を上廻つていることが認められる。右事実からすると本件各係争年度においても原告方の反当収量は賀集地区の平均以上であつたと推認することができ、昭和二九年度分について、右認定に反する前記甲第七号証、乙第三号証の三の昭和二九年度の米の収量は八反四畝で一二石四斗である旨の記載は右事実に照して信用するに足りる記載とは認め難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて収入については原告に対し、右原告の反収を下廻る賀集地区に適用した所得標準率における各数値を適用することは妥当であると認められる。しかしながら前述のごとく右所得標準率における所得算定に用いられた六四%の所得率は反収二石二升の場合を基準に算出されたものであつて、これをそのまま原告に適用することは、原告の昭和二九年度における反収が右二石二升以上であると認められない以上不当である。もつとも、証人牛尾昭の証言によると原告は昭和二九年の風水害による共済保険金を得ていることが認められるけれども、右保険金額についての立証はないからこれを所得算定について考慮することはできない。そうして農業所得の特殊性から米作については、その収穫量が反当り一石七斗九升であるのと二石二升であるのとによつて投下資本(経費)に差があるとは認められず、等しく前記反当り七、一〇七円であると考えられるから、結局原告の昭和二九年度の米についての反当り所得は、この点を考慮すると〔8.876円×1.79+13.5円×89,5+80円×6)-7,107円〕で一〇、四六九円(円未満切捨以下同じ)となり、前記被告が昭和二九年度の原告の米について適用した反当り所得標準一一、二二〇円によつて推計した結果は、右反当り一〇、四六九円によつて計算した所得を超過する限度〔(11,220円-10,469円)×8.4〕六、三〇八円で過大であることが明らかであるから、原告の米についての所得の推計方法の妥当性を確保するためには、これを前記被告主張の推計結果(九四、二四〇円)から減じなければならず、結局原告の昭和二九年度の米についての所得は(94,240円-6,308円)で八七、九三二円であると認められる。右認定に反する甲第七号証の記載は証人牛尾昭の証言に照すと実際の収支を記載したものとは認められず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ロ)、麦

乙第二号証によれば、原告の耕作地所在地である賀集地区三和部落に適用された昭和二九年度の農業所得標準率による麦の反当所得標準は六、三〇〇円であると認められ、甲第七号証によれば原告の昭和二九年度麦の作付地のうち野田荒神の土地は一反六畝六歩で、その余は立川瀬部落の土地であることが認められ、証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の各証言によれば、右立川瀬部落の土地の収穫量は賀集地区の標準に位すること、三和部落は賀集地区の中では一般に地味が悪いことが認められる(乙第二号証によれば三和部落の麦の平均反収は二石二斗二升、三和、福井を除くその余の賀集地区の平均反収は二石二斗七升であることが認められる)ので、原告の麦の反収は右三和部落の平均を超えるものと推認されるから右三和部落に適用した所得標準により原告の麦に関する所得を算出することは妥当であると認められ、右認定に反する甲第七号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載しているものとは認められず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば原告の麦に関する所得は右反当り所得標準六、三〇〇円に耕作面積五反五畝を乗じた三四、六五〇円であると認められる。

(ハ)、米、麦以外の耕作物

乙第二号証によれば、淡路島全般に適用された昭和二九年度の農業所得標準率による反当り所得標準は、ばれいしよが一一、六〇〇円、玉ねぎが三三、二〇〇円、かんしよが九、五〇〇円、大豆が八、四〇〇円、野菜が二一、〇〇〇円であると認められる。

そして玉ねぎについては甲第七号証によれば原告の昭和二九年度の玉ねぎの作付地は野田荒神の土地が一反六畝二八歩であること、その余は立川瀬部落の土地であることが認められ、証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の証言によると右立川瀬の土地は賀集地区の中でも普通の地力を有し、賀集地区は淡路島全体からみて平均以上の収穫量を有し、特に玉ねぎについては淡路玉ねぎの元祖で、生産は古く特産地であることが認められ、原告の玉ねぎの反収は淡路島の平均以上であると推認されるから前記淡路島の所得標準を下廻る反当り三二、〇〇〇円を適用して原告の玉ねぎに関する所得を算出することは妥当であると認められ、ばれいしよ、かんしよについては乙第三号証の三によると原告が再調査請求で申立てた収穫量がそれぞれ四一〇貫(四畝)、二〇〇貫(五畝)であることが認められ、右は乙第二号証によつて認められる所得標準の基礎になつた淡路島の反当り平均収穫量、三〇〇貫、二八〇貫をはるかに超えるものであつて原告のばれいしよ、かんしよに関する反収は淡路島の平均以上であると推認されるから前記淡路島の所得標準を適用して原告のばれいしよ、かんしよに関する所得を算出することは妥当であると認められ、大豆については、甲第七号証によると原告の昭和二九年度の大豆の作付地は立川瀬の土地であることが認められ、証人中田平一郎同高田富男の各証言によれば右立川瀬の土地の収穫量は淡路島の平均以上であると認められるから前記淡路島の所得標準を適用して原告の大豆に関する所得を算出することは妥当であると認められ、右各認定に反する甲第七号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載しているものとは認められず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば原告の玉ねぎに関する所得は前記反当り所得標準三、二〇〇円に耕作面積四反二畝を乗じた一三四、四〇〇円、ばれいしよに関する所得は前記反当り所得標準一一、六〇〇円に耕作面積四畝を乗じた四、六四〇円、かんしよに関する所得は前記反当り所得標準九、五〇〇円に耕作面積五畝を乗じた四、七五〇円、大豆に関する所得は前記反当り所得標準八、四〇〇円に耕作面積五畝を乗じた四、二〇〇円であるとそれぞれ認められる。

しかしながら野菜については被告は原告の野菜についての耕作は裏作のみであることを考慮して反当り所得標準九、〇〇〇円を適用して原告の所得を推計することを主張するのであるが甲第七号証によると原告が昭和二九年度に野菜を作付した土地は野田荒神の土地であり、前記証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の各証言によると右野田荒神の土地は賀集地区のうちでも特に地味が悪いことが認められるから、前記淡路島の所得標準を単に裏作期間のみによる修正をしただけでそのまま適用して原告の野菜に関する所得を算出することは妥当であるとは認め難い。したがつて他に証拠のない本件にあつては乙第三号証の三によつて認められる原告の再調査請求で申立てた収穫量四〇貫を基礎として原告の反当り所得を考える他なく、乙第二号証によれば前記淡路島の所得標準算出の基礎になつた年中野菜の平均収量は反当り八五〇貫であることが認められるから、裏作可能期間を五ケ月として原告の反当り所得を求めると(<省略>)で四、九四一円となり、前記被告が昭和二九年度の原告の野菜について適用した反当り所得標準九、〇〇〇円によつて推計した結果(<省略>)一、八〇〇円は、右反当り四、九四一円によつて計算した所得を超過する限度〔<省略>〕八一一円で過大であることが明らかであるから、原告の野菜に関する所得の推計方法の妥当性を確保するためには、これを前記被告主張の推計結果から減じなければならず、結局原告の野菜に関する所得は(1,800円-811円)で九八九円であると認められる。右認定に反する甲第七号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載したものとは認められず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ニ)、特別経費

原告の昭和二九年度特別経費(雇人費)が二、五〇〇円であることは当事者間に争いがない。

(ホ)、そうすると原告の昭和二九年度総所得金額は((イ)+(ロ)+(ハ)-(ニ))で、二六九、〇六一であると認められる。

(2)、昭和三〇年度分

昭和三〇年度における原告の耕作物およびその各耕作面積が被告主張(三)、(2)、(イ)の表記載のとおりであることは、雑穀の品目を除く耕作物の種類については当事者間に争いがなく、その余は成立に争いのない乙第四号証の二、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第八号証によつて認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(イ)、米

その方式および趣旨から公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したと推定される乙第一号証によれば、原告の耕作地所在地である賀集地区に適用された昭和三〇年度の農業所得標準率による米の反当り所得標準は二四、二〇〇円であることが認められる。証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉、同片山光男の各証言に前記乙第六号証の一、二、乙第八号証を綜合すると、原告の米の作付地の中には右賀集地区の土地の収穫量の平均より劣る野田荒神の土地が含まれているけれども、なお原告の昭和三〇年度米に関する反当り収量は賀集地区の平均以上であると推認されることは昭和二九年度の米に関する所得についての判断(理由二、(三)、(1)、(イ))で述べたとおりであるから、右賀集地区に適用した所得標準により原告の米に関する所得を算出することは妥当であると認められ、右認定に反する甲第八号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載しているものとは認められず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば原告の米に関する所得は右反当り所得標準二四、二〇〇円に耕作面積八反二畝を乗じた一九八、四四〇円であると認められる。

(ロ)、麦

乙第一号証によれば、原告の耕作地所在地である賀集地区三和部落に適用された昭和三〇年度の農業所得標準率による麦の反当り所得標準は六、一〇〇円であると認められる。

甲第八号証によれば原告の昭和三〇年度麦の作付地のうち野田荒神の土地は一反でありその余は立川瀬部落にあると認められ(甲第八号証の荒神八〇番地に関する記載は同号証および乙第四号証の二の麦の作付反別の記載ならびに甲第七号証の記載に照して誤記と認められる)証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の各証言によれば、右立川瀬の土地の収量は賀集地区の標準に位し、三和部落の土地は賀集地区の中では一般に地味が悪いことが認められる(乙第一号証によれば三和部落の麦の平均反収は二石一斗五升であるのに、三和、福井を除くその余の賀集地区の平均反収は二石二斗六升であることが認められる)ので、原告の麦の反収は右三和部落の平均を超えるものと推認されるから右三和部落に適用した所得標準により原告の麦に関する所得を算出することは妥当であると認められ、右認定に反する甲第八号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載しているものとは認められず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば原告の麦に関する所得は右反当り所得標準六、一〇〇円に耕作面積四反一畝を乗じた二五、〇一〇円であると認められる。

(ハ)、米麦以外の耕作物

乙第一号証によれば、淡路島全般に適用された昭和三〇年度の農業所得標準率による反当り所得標準は、ばれいしよが一〇、二〇〇円、かんしよが九、七〇〇円、玉ねぎが三〇、八〇〇円(中位)、ささげ豆が九、八〇〇円、野菜が二二、〇〇〇円であると認められる。

そして玉ねぎについては、甲第八号証によれば原告の昭和三〇年度の玉ねぎの作付地は野田荒神の土地が一反六畝二八歩であること、その余は立川瀬部落の土地であることが認められ、証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の証言によると原告の玉ねぎの反収は淡路島の平均以上であると推認されることは昭和二九年度の玉ねぎに関する所得についての判断で述べたとおり(理由二、(三)、(1)、(ハ))であるから、前記淡路島の中位の所得標準を適用して原告の玉ねぎに関する所得を算出することは妥当であると認められ、ばれいしよ、かんしよについては乙第四号証の二によると原告が再調査請求で申立てた収穫量がそれぞれ三〇〇貫(三畝)、二〇〇貫(五畝)であることが認められ、右は乙第一号証によつて認められる所得標準の基礎になつた反当り平均収穫量、三六〇貫、三二四、六貫をはるかに超えるものであつて、原告のばれいしよ、かんしよに関する反収は淡路島の平均以上であると推認されるから、前記淡路島の所得標準を適用して原告のばれいしよ、かんしよに関する所得を算出することは妥当であると認められ、ささげについては甲第八号証によると原告の昭和三〇年度のささげの作付地は立川瀬部落の土地であることが認められ、証人中田平一郎、同高田富男の各証言によれば右立川瀬部落の土地の収穫量は淡路島の平均以上であると認められるから前記淡路島の所得標準を適用して原告のささげに関する所得を算出することは妥当であると認められ、右各認定に反する甲第八号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載しているものとは認められず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうだとすれば、原告の玉ねぎに関する所得は前記反当り所得標準三〇、八〇〇円に耕作面積四反九畝を乗じた一五〇、九二〇円、ばれいしよに関する所得は前記反当り所得標準一〇、二〇〇円に耕作面積三畝を乗じた三、〇六〇円、かんしよに関する所得は前記反当り所得標準九、七〇〇円に耕作面積五畝を乗じた四、八五〇円、ささげに関する所得は前記反当り所得標準九、八〇〇円に耕作面積五畝を乗じた四、九〇〇円であるとそれぞれ認められる。

しかしながら野菜については甲第八号証によると原告が昭和三〇年度に野菜を作付した土地は野田荒神の土地であり、前記証人中田平一郎、同高田富男、同中田久吉の各証言によると右野田荒神の土地は賀集地区の中でも特に地味が悪いことが認められるから、前記淡路島の所得標準をそのまま適用して原告の野菜に関する所得を算出することは妥当であるとは認め難い。したがつて他に証拠のない本件にあつては乙第四号証の二によつて認められる原告の再調査請求で申立てた収穫量三〇貫を基礎として原告の反当り所得を考える他なく、乙第一号証によれば前記淡路島の所得標準算出の基礎になつた年中野菜の平均収量は反当り八二六貫であることが認められるから、原告の反当り所得を求めると、(<省略>)で三、九九五円となり、前記被告が昭和二九年度の原告の野菜について適用した反当り所得標準二二、〇〇〇円によつて推計した結果(<省略>)四、四〇〇円は右反当り三、九九五円によつて計算した所得を超過する限度〔<省略>〕三、六〇一円で過大であることが明らかであるから、原告の野菜に関する所得の推計方法の妥当性を確保するためには、これを前記被告主張の推計結果から減じなければならず、結局原告の野菜に関する所得は(4,400円-3,601円)で七九九円であると認められる。右認定に反する甲第八号証の記載は証人牛尾昭の証言に照して原告の実際の収支を記載したものとは認められず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ニ)、特別経費

原告の昭和三〇年度特別経費(雇人費)が一五、六〇〇円であることは当事者間に争いがない。

(ホ)、そうすると原告の昭和三〇年度総所得金額は((イ)+(ロ)+(ハ)-(ニ))で、三七二、三七九円であると認められる。

(3)、したがつて原告の昭和二九年度分総所得金額を三七三、八〇〇円とした被告の更正決定中三七二、三七九円を超える部分はいずれも違法である。

(四)、そうすると昭和二九年度分の更正決定の取消を求める請求中、所得金額二六九、〇六一円を超える部分の取消を求める限度で理由があり、その余の部分は理由がなく、昭和三〇年度分の更正決定の取消を求める請求中、所得金額三七二、三七九円を超える部分の取消を求める限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

三、よつて原告の本訴請求中、昭和二九年度分の更正決定の取消を求める部分は、所得金額二六九、〇九一円を超える部分の取消を求める限度においては理由があり、昭和三〇年度分の更正決定の取消を求める部分は、所得金額三七二、三七九円を超える部分の取消を求める限度において理由があるから、それぞれこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田久太郎 裁判官 林田益太郎 裁判官 東條敬)

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